経営者倶楽部アドバ


過去のゲストアドバイザー

2016年12月16日(金)


唐池 恒二氏

(からいけ・こうじ)1953年4月2日大阪府生まれ。77年京都大学法学部卒業後、日本国有鉄道に入社。87年国鉄分割民営化に伴い、九州旅客鉄道(JR九州)に入社。「ゆふいんの森」や「あそBOY」等の観光列車の運行をはじめ、博多〜韓国・釜山間の高速船「ビートル」の就航に尽力。その後、毎年大幅な赤字を計上していた外食事業を黒字化し、子会社化したJR九州フードサービスの社長に就任。JR九州の社長に就任後、九州新幹線全線開業、地域を元気にするためデザイン&ストーリー(D&S)列車を次々と世に出してきた。13年10月運行を開始したクルーズトレイン「ななつ星in九州」はその企画から運行まで自ら陣頭指揮を執った。14年6月、JR九州会長に就任。

2016年11月11日(金)


金井 啓修氏

(かない・ひろのぶ)1955年兵庫県神戸市北区有馬町生まれ。1911年創業の老舗旅館「御所坊(ごしょぼう)」の15代目主人。高校卒業後、辻調理師専門学校へ卒業は北海道にて就職。77年に有馬に帰省。観光協会青年部を発足し、地元有馬の活性にむけて動き始める。81年株式会社御所坊設立。26歳の若さで株式会社御所坊代表取締役社長に就任。この時から15代目、金井四郎兵衛の名を襲名。97年、ギャラリーレティーロドウロを開業。99年、ホテル「花小宿(はなこやど)」を開業。01年、農業法人「グリーンパパ」設立。03年有馬玩具博物館開館・観光カリスマに選ばれる。

2016年10月14日(金)


石井 知祥氏

(いしい・とものり)1950年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、74年4月に全日本空輸株式会社(ANA)入社。ワシントン支店長や営業推進本部副本部長などを歴任し、10年7月から13年7月まで株式会社AIRDO(旧 北海道国際航空)で営業本部長を務める。13年8月、エアアジア・ジャパン入社、同社代表取締役社長に就任。13年11月1日に商号をバニラ・エア株式会社に変更。16年4月会長に就任。

2016年9月15日(木)


 根岸 榮治氏

(ねぎし・えいじ)1970年に福島県いわき市に株式会社ねぎしフードサービスを設立。宮城県、福島県、茨城県の3県に多業態を出店する「狩猟型経営」を行なう。1981年に「牛たん とろろ 麦めし専門店ねぎし」1号店を新宿に出店してからは、同一地域・同一業態での「農耕型経営」を展開し、東京都内に集中出店を行なう。1991年に事務所を仙台から東京新宿へ移転。2005年より、日本経営品質賞への取り組みを始める。2005年6月 農林水産省食料局長賞新業態開発部門 受賞2010年度 日本経営品質賞経営革新推進賞 受賞。2011年には日本経営品質賞を受賞する。

2016年8月19日(金)


宮澤 孝夫氏

(みやざわ・たかお)1956年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了後、野村総合研究所へ入所。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営大学院でMBA取得後、ボストン コンサルティング グループに入社。4年間戦略コンサルタントを務めた後、1996年、テレマーケティングジャパンに入社。2003年には同社代表取締役CEOに就任。2009年、いきいき株式会社(現「株式会社ハルメク」)代表取締役社長に就任し、現在に至る。

2016年7月21日(木)


松崎 正年氏

(まつざき・まさとし)1950年東京都生まれ。76年東京工業大学大学院修了後、小西六写真工業株式会社(のちのコニカ株式会社)に入社。主に情報機器(プリンター、複合機)の製品開発・商品企画に携わる。コニカとミノルタの経営統合後、分社体制下の情報機器事業会社取締役として制御系開発責任者、持株会社執行役として研究開発子会社の社長、取締役兼務常務執行役として技術戦略担当を歴任し、09年代表執行役社長に就任。14年4月より取締役会議長。現在に至る。

2016年6月29日(水)


恩田 饒氏

(おんだ・ゆたか)1962年東京大学卒業後、大和証券入社、ロンドン支店ManagingDirector、取締役、常務取締役を歴任。1996年KOBE証券(現インヴァスト証券)代表取締役社長。2006年シーマ代表取締役社長。2009年ITbook(旧・デュオシステムズ)代表取締役社長。

2016年5月25日(木)


福田 幸雄氏

(ふくだ・ゆきお)1948年広島県生まれ。大阪の文系私立大学退学を経て71年文化服装学院ファッションデザイン科卒業。服飾デザイナーなどを経て、82年5月飛鳥写真工芸社創業。83年4月株式会社飛鳥写真館設立。代表取締役社長。95年7月株式会社アスカネット設立、代表取締役社長。05年4月東京証券取引所マザーズに株式を上場。

2016年4月7日(木)


大坪 清氏

(おおつぼ・きよし)1939年大阪府生まれ。神戸大学を卒業後、62年住友商事入社。入社後、尼崎にある傘下の製紙工場に出向。以降、紙パルプ部門を歩む。00年6月、レンゴー社長に就任。現在、全国段ボール工業組合連合会理事長、関西生産性本部会長を務める。

2016年3月10日(木)


塚本 こなみ氏

(つかもと・こなみ)1949年静岡県生まれ。22歳で結婚。造園業を営むご主人の仕事を手伝ううちに、樹木の世界に足を踏み入れ、自身も一級造園施工管理技士を取得。92年女性初の樹木医資格取得。93年造園、緑化、樹木の保護などを事業とする自身の会社を設立。96年あしかがフラワーパークの大藤移植を成功させ、99年同パーク園長に就任。13年にははままつフラワーパークを運営する公益財団法人浜松市花みどり振興財団理事長に就任。

2016年2月16日(火)


福島 徹氏

(ふくしま・とおる)1951年東京都生まれ。大学卒業後家業のよろず屋を継ぎ、酒屋、コンビニエンスストアを経て、85年より現在の業態へ。全国の生産者から直接米や野菜を仕入れるなど、農家との距離を縮め、コラボレーションによる福島屋オリジナル商品を数多く開発。食品スーパーマーケット「福島屋」代表の他、株式会社ユナイト代表取締役社長、農業法人「NAFF」の取締役を兼任。著書に「食の理想と現実」(幻冬舎)がある。褒章、勲四等瑞宝章受章。

2016年1月27日(水)


宮原 博昭氏

(みやはら・ひろあき)1959年広島県生まれ。82年防衛大学校卒業後、86年株式会社学習研究社入社、03年に同社学研教室事業部長を経て07年執行役員第四教育事業本部長兼学研教室事業部長に就任。09年同社取締役(事業戦略CSR 担当)に就任。10年5月には同社取締役兼代表取締役社長兼株式会社学研エデュケーショナル代表取締役社長就任。10年7月同社取締役兼株式会社学研教育出版代表取締役社長就任。10年12月より現職。

2015年12月15日(火)


新井 純氏

(あらい・じゅん)1959年神奈川県生まれ。83年に早稲田大学大学院理工学研究科 資源及金属工学専攻修了。シェル石油入社(現 昭和シェル石油)人事部(海外勤務)へ。91年にはスタンフォード大学大学院工学研究科 修士課程修了 石油開発事業担当付に。この年から昭和シェル石油開発株式会社に出向。02年に経営情報室長。05年に執行役員経理部長。08年には代表取締役社長代行から代表取締役社長に就任。退任後14年より昭和四日市石油の社長を務める。

2015年11月19日(木)


木原 定男氏

(きはら・さだお)1947年和歌山県生まれ。68年にフジ医療器入社、マッサージチェアの存在が全く知られていなかった時代に、マッサージチェアをトラックに積んで銭湯や温泉場での営業活動を通して、日本でのマッサージチェアの普及に貢献した。また、家庭へのマッサージチェア普及にも尽力すると共に、「日本発の健康機器」として海外でのマッサージチェア市場の創生に貢献する。常務取締役として商品統括本部に所属し商品作りに関わった際には、魅力的な新商品を立て続けに開発し、フィットネスの振動マシン「ダイエットトレーナー」では、日本中をブームの渦に巻き込んだ。現在も、健康社会に貢献するビジネス活動を精力的に行っている。

2015年10月16日(金)


吉永 泰之氏

(よしなが・やすゆき)東京都生まれ。1977年成蹊大経済学部卒業後、同年富士重工業入社。最初の配属は三鷹製作所で部品供給業務を担当した。販売会社でセールスに従事した後、国内営業部門に。99年国内営業本部営業企画部長などを経て03年に戦略本部副本部長兼経営企画部長に就任。05年執行役員。06年からは執行役員戦略本部長としてトヨタとの提携案件を取りまとめた。07年常務執行役員スバル国内営業本部長、09年取締役専務執行役員同本部長。11年6月現職に就任森会長の吉永評は「大局観のある戦略を打ち出し、結果重視の実行力を備える」。若いころの読書から見出した「莫妄想」(まくもうそう=妄想することなかれ)を「飾らず常に平常心でいること」と解釈し、「生き方の背骨」としている。

2015年9月29日(火)


細田安兵衛氏

(ほそだ・やすべえ)昭和2年日本橋1丁目に生まれ。慶應義塾大学卒業後、1950年に榮太樓總本鋪に入社。72年に代表取締役社長に就任。95年に会長、00年から現職。名橋「日本橋」保存会副会長、日本橋倶楽部理事長、東都のれん会会長、茶道 宗遍流時習軒十一世家元。東商名誉議員、全国観光土産品連盟会長。和菓子業界や地元日本橋に関わる団体役員などを務め地域の発展に尽力する。著書に『江戸っ子菓子屋のおつまみ噺』(慶應義塾大学出版会刊)がある。藍綬褒章、勲四等瑞宝章受章。

2015年8月6日(木)


森崎清人氏

(もりさき・きよと)昭和27年生まれ。長田区在住。早稲田大学法学部卒業。昭和61年近畿タクシー(株)に入社し、平成8年から同社代表取締役に就任。全国初の天然ガスタクシーを運行するなど、環境・ユニバーサルデザインに配慮した取り組みに注力。また、地域活性化を図るため、お花見タクシー・スイーツタクシーなど、数々のユニークなタクシーを運行。長田区のユニバーサルデザイン研究会会長、神戸長田コンベンション協議会会長などを務める。

2015年7月15日(水)


鈴木清幸氏

(すずき・きよゆき)1952年愛知県生まれ。京都大学大学院工学研究科化学工学専攻博士課程2年修了。78年、東洋エンジニアリング株式会社に入社。86年に株式会社インテリジェントテクノロジーに入社後、87年には米国カーネギーグループ社主催の知識工学エンジニア養成プログラム(KECP)を修了。89年同社の研究開発部長を経て、常務取締役に就任。97年には株式会社アドバンスト・メディアを設立し、代表取締役社長に就任。07年優れた起業家を称える国際的な起業家表彰制度「WEOY 2007」の日本代表として出場。2010年 同社代表取締役会長兼社長・代表執行役員に就任。

2015年6月19日(金)


西山敷氏

(にしやま・ひろし)1947年東京生まれ。工学院大学建築学科卒業。建築会社に入社するも2ヶ月ほどで退社。同年、大手スーパーチェーン長崎屋に入社。ショッピングセンターの開発、フランチャイズチェーンの開発に携わる。77年に独立し、株式会社商業建築計画研究所(現・株式会社商業建設)を設立、数多くの商業施設の建築設計を手掛ける。2004年、商業施設のクライアントだったダイシン百貨店の、当時の幹部に請われて取締役に就任。06年代表取締役に就任。借金100億円の経営危機にあった同社を再建し、7年連続黒字経営・年間来店客数が400万人の繁盛小売業へとV字回復に導く。

2015年5月18日(月)


小間裕康氏

(こま・やすひろ)1977年生まれ。京都大学大学院経営管理教育部(MBA)修了。大学生の時代に人材派遣業を手がけ2000年に株式会社コマエンタープライズを設立。年商20億円の企業に育てあげた。京大大学院に入学後は、電気自動車事業に関心をもち、2010年、グリーンロードモータース株式会社を創業(本社=京都市左京区)。2013年春、日本初のピュア・スポーツカー(通常車両の進化モデルではなく、走行性能を追求した狭義のスポーツカー)とされるトミーカイラZZを電気自動車として復活させ注目を集める。

2015年4月16日(木)


児玉和氏

(こだま・のどか)1948年、鹿児島県生まれ。'72年、大阪府立大学経済学部を卒業し、同年、グンゼへ入社。'89年、アメリカELTECHへ出向、'06年に取締役に就任し、経営戦略部長、人財開発部長に。'08年からは常務兼常務執行役員を務め、'12年6月から現職。社員のやる気を引き出し、その成長を信じること、自主性を重んじる精神を大事にしている。大の読書家で、休日は本を読んだり、グンゼスポーツクラブで汗を流す。また社員向けホームページでは、「社長の本棚」と題し、書籍の紹介や、私小説を連載している。

2015年3月18日(水)


佐藤肇氏

(さとう・はじめ)1951年静岡県生まれ。75年学習院大学経済学部卒業後、実父・誠一氏が裸一貫で創業したスター精密に入社。典型的な中小企業だった同社を、父と共に東証一部上場の世界的メーカーに育て上げる。現在、父から受け継いだ経営ノウハウを、佐藤式先読み経営としてさらに進化させ実践。その結果、多くの企業が不況にあえぐ中、抜群の収益率と高い健全性を維持している。また、社長業の激務のかたわら、地元静岡の若手経営者からなる「佐藤塾」をはじめ、「長期経営計画作成ゼミ」「経営数字マスターゼミ」を主宰。著書に『社長が絶対に守るべき経営の定石50』『先読み経営』『社長としての人件費計画の立て方』(ともに日本経営合理化協会刊)などがある。

2015年2月25日(水)


桜井博志氏

(さくらい・ひろし)1950年 生まれ。1973年 松山商科大学卒業後、西宮酒造に入社。1976年 退社後旭酒造に入社するも父で ある前社長と意見が合わず2年で退社。その後、桜井商事(石材卸)を創業し、18年にわたって経営。1984年 父の死去とともに旭酒造の社長就任、 現在に至る。

2015年1月27日(火)


平本清氏

(ひらもと・きよし)広島県出身。メガネ21創業者。高校卒業後、広島最大手のメガネチェーンに入社。本店副店長、商品部長、電算室長などを務めたのち、社長交代劇で解雇される。その後、同チェーンの同僚たちとともにメガネ21を創業し、同チェーンをグループ売上84億円を超える企業に育て上げた。また、内部留保ゼロ、給与賞与すべて公開、社長任期制、ノルマなし、すべての経営情報の社員へ開示、社員からの直接金融、ウェブ上での全社員参加の経営会議など独自の経営手法を取り入れた。『会社にお金を残さない! 「ノルマなし!管理職なし!給料全公開!」の非常識な経営術』『丸見え経営 すべてを見える化すると効率が劇的に高まる!』など。

2014年12月9日(火)


大西洋氏

(おおにし・ひろし)1979年慶応義塾大学商学部卒業、株式会社伊勢丹入社。紳士統括部長を経て、2005年執行役員に就任。立川店長などを経て2008年三越と伊勢丹の統合後、株式会社三越常務執行役員に就任。2009年株式会社伊勢丹社長、2011年株式会社三越伊勢丹社長を経て2012年現職。三越伊勢丹グループは国内百貨店26店舗、海外37店舗を展開する、国内最大の百貨店グループ。百貨店業界が15年連続売上前年割れの中、百貨店のあるべき姿を目指し、独自路線で百貨店再生に取組む。2013年に日本一の売上を誇る伊勢丹 新宿 店を『世界最高のファッションミュージアム』として大改装、更には仕入構造改革や販売力向上に取組み、絶対的価値を追求し、企業進化に向けて新たなる挑戦を続ける。

2014年11月12日(水)


金川裕一氏

早稲田大学卒。1982年(株)横河電機製作所(現:横河電機)入社。オフィス機器営業部に配属。また新事業企画室で約20社の新会社設立に関わる。一方、労働組合で書記長なども歴任。 営業企画室を経て、1996年、企業内ベンチャー制度にて、横河マルチメディア(株)設立、代表取締役社長に就任。現在事業統合、商号変更を経た、キューアンドエー株式会社の代表取締役社長を務める。 企業発ベンチャー協議会 理事。

2014年10月8日(水)


野田一夫氏

(のだ・かずお)1952年東京大学文学部社会学科卒業(産業社会学専攻)。1955年立教大学赴任、助教授を経て1965年より1989年まで同大学教授。新進学者としてP・ドラッカーの経営論を日本に紹介し、産業界に“経営学ブーム”を巻き起こす。大学生活の合間に名だたる企業でコンサルタントとしても実体験を重ねる。また多摩大学、宮城大学、事業構想大学院大学などユニークな大学の創設を次々に主導して初代学長を歴任しつつ、日本の大学改革を率先して進めた。全国経営者団体連合会会長、日本総合研究所理事長、高崎商科大学客員教授なども務め。現在事業構想大学院大学 学長

2014年9月3日(水)


古木康太郎氏

(こぎ・こうたろう)昭和15年生まれ。昭和41年8月、「ヨーロッパの精神や文化を学ぼう」という理念のもと、最初の欧州文化視察団として137名を乗せたチャーター便を派遣。のちに「観光南ツーリスト」を設立、昭和62年グローバルユースビューローと改称。社団法人日本旅行業界副会長、旅行業公正取引協議会会長などを務める。

2014年8月6日(水)


西本甲介氏

(にしもと・こうすけ)1958年愛知県生まれ。81年愛知県立大学外国語学部英米学科卒業後、株式会社カネボウ化粧品に入社。84年株式会社メイテック入社。社長室長、人事部長を経て、95年取締役人事部長、96年専務取締役、99年代表取締役社長に就任。06年よりメイテックグループCEO兼代表取締役社長。同社は携帯電話やデジタル家電、自動車などの製造業で製品の設計・開発に携わる技術者の派遣サービスを主な事業としており、この分野では国内最大手。一般社団法人 日本経済団体連合会 幹事 一般社団法人 日本エンジニアリングアウトソーシング協会 代表理事 公益財団法人 日本生産性本部 サービス産業生産性協議会 幹事一般社団法人 人材サービス産業協議会 理事などの社外役職も勤める。

2014年7月29日(火)

土屋嶢氏

(つちや・たかし)1946年岐阜県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、富士銀行を経て、1977年株式会社大垣共立銀行に入行。1993年取締役頭取に就任。今では当たり前となった365日ATM稼働を業界の批判を浴びながらも全国で初めて導入。その後も365日窓口営業の店舗や移動型店舗、ドライブスルー型店舗の導入のほか、離婚ローンやシングルマザーローンの開発など時代のニーズに応えるため、業界の常識を打ち破るサービスを全国に先駆け次々と展開。東日本大震災の教訓を活かした手のひら認証ATMでは、有事の安心と平時の利便性から全国の注目を集めている。2000年イエローリボン賞受賞、2011年日経ビジネス“次代を創る100人”に選出。

2014年6月18日(水)


宇都宮恒久氏

(うつのみや・つねひさ)1947年、日本大学工学部中退後、同年宇都宮乗用自動車商会入社。1972年、再建のため父とともに長野タクシー株式会社へ。その後、1975年7月、中央タクシー株式会社を創業。2008年4月の事業継承まで33年間、代表取締役社長を務める。1999年11月、空港便をスタート。タクシー業界が低迷を続ける中、既存の事業をしのぐまでに成長させ、新たな事業の柱を築く。2008年4月、社長を長男・宇都宮 司氏に引き継ぐ。事業のモットーは「お客様が先、利益が後」。明確なお客様主義を掲げ、新たな事業展開を練っている。趣味は、カラオケ(石原裕次郎)とゴルフ。愛読書は司馬遼太郎の「坂の上の雲」。

2014年5月12日(月)


加藤友康氏

(かとう・ともやす)ホテル、フードサービス、スパ、ラグジュアリーリゾート、公共リゾート、 エンタテインメントなどあらゆるレジャー事業の総合開発を行うプロデュース企業、 カトープレジャーグループの代表取締役兼CEO。 大学在学中から家業に関わり、22歳のときに父親の急逝により事業を引き継ぎ、代表取締役に就任。 2012年に創立50周年を迎え、社業を年商150億円企業へ成長させる。 全国に事業所を展開し、従業員数約2300名、年間500万人以上に及ぶ顧客を動員。 代表事業として、レストラン事業「麺匠の心つくし つるとんたん」・ スモールラグジュアリーリゾート「箱根 翠松園」「熱海 ふふ」。 2013年12月には、大阪府が進める公共事業“中之島にぎわいの森プロジェクト” の集大成として「中之島LOVE CENTRAL」がオープン。

2014年4月24日(木)


矢部輝雄氏

(やベ・てるお)1947年宮崎県生まれ。66年日本国有鉄道に入社し、SLの整備部に配属。東京地域本社にて運輸車両部輸送課長、立川駅長、東京支社運輸車両部指令部長などの要職を歴任し、05年TESSEIの前身である鉄道整備株式会社に転身。取締役経営企画部長として経営の観点から、車両清掃の仕事を再定義、現場のモチベーションアップや可能性を引き出す様々な工夫でパートを含むスタッフの意識改革に成功、07年常務取締役経営企画部長。東京・上野駅を中心とした東北・上越新幹線などの清掃業務を、おもてなしの心を持ったサービスに変えたことで欧米の高官や世界の鉄道関係者が視察に訪れている。11年専務取締役を経て、13年度よりおもてなし創造部長に就任。

2014年3月26日(水)


黒川光博氏

(くろかわ・みつひろ)1943年東京都生まれ。1966年学習院大学法学部卒業後、株式会社富士銀行(現みずほ銀行)入行。1969年株式会社虎屋入社、製造課勤務、代表取締役副社長を経て、1991年より代表取締役社長、17代当主。虎屋の創業は室町時代後期と約500年に亘る長い歴史をもちながらも「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」という経営理念のもと、時代を見据え絶えず商品や人材の質の向上に努めている。1980年パリに出店2003年には和でも洋でもない新しいジャンルの菓子を提案するTORAYA CAFEをオープンするなど、新たなチャレンジも続けている。現在、全国和菓子協会会長、全日本菓子協会副会長、一般社団法人日本専門店協会顧問等を務める。

2014年2月7日(金)

大久保恒夫氏

(おおくぼ・つねお)早稲田大学法学部卒業後イトーヨーカ堂に入社。ダイニング家庭用品担当、経営政策室経営開発担当などを経て退社。株式会社シニアコンサルタント、財団法人流通研究所研究員などを経たのち、リテイルサイエンスを設立その後、ドラッグストアのドラッグイレブン社長、スーパーマーケットの成城石井社長などを経てセブン&アイ・フードシステムズ社長。そのほか、ユニクロを展開するファーストリテイリングや、無印良品のコンサルティングなども行った。中央大学客員教授。主な著書に『棚割システム活用法』『また一歩、お客さまのニーズに近づく』『利益を3倍にするたった5つの方法』『実行力100%の会社をつくる!』など。

2014年1月14日(火)


佐谷 紳一郎氏

(さたに・しんいちろう)1957年大阪生まれ、大阪育ち。関西学院大学 経済学部を卒業後、1981年に松下電工(現パナソニック)に入社。主に電子部品事業の企画畑を歩み、2000年以降はM&Aを積極展開。2009年に自ら20%の出資を進めた老舗コネクタメーカー「本多通信工業」に単独で転籍。2010年社長就任後、3期連続の営業赤字から、営業利益5%、ROA8%、無借金の優良企業へV字回復を成し遂げた。社内ブログで年150通の情報を全社発信、その中身は月次の経営実績から社会・スポーツ面的な内容にまでに及ぶ。「何事も丁寧に説明することから始まる」が持論。またレスポンスの速さは群を抜き「ユビキタス佐谷」とも言われている。人財育成を重視し、自ら社内塾を運営をしている。既成概念を嫌い、天邪鬼経営を志向している。

2013年12月11日(水)


山中直樹氏

(やまなか・なおき)1964年福岡県生まれ。1989年東京大学法学部卒業後、三菱地所株式会社に入社。総務部に配属。同社経理部、関連事業部を経て、1999年10 月 同社第1 回社内ベンチャー制度に応募。2000年4月“保養所の空室を利用した宿泊施設”のシステムを発案し、提案が採用され経営企画部に異動。2001年2 月 株式会社四季リゾーツ設立、代表取締役社長に就任。2008年10月四季リゾーツ経営をMBOし、三菱地所株式会社から独立を果たす。高品質の企業保養所を経営受託あるいは賃借し、「365日いつでも1泊朝食付きで5,250円」をコンセプトとする「四季倶楽部」として、企業保養所兼一般利用者向けの泊食分離型ホテルを直営34施設、提携100施設にて展開。

2013年11月13日(水)


緒方大助氏

(おがた・だいすけ)1960年福岡県生まれ。福岡大学商学部中退後、1986年株式会社CBC入社。同社退職後1993年キューサイ株式会社に入社。その後、開発部次長などを経て2000年M&Aをきっかけに、らでぃっしゅぼーや株式会社 代表取締役社長に就任。株式上場に先駆け、2006年にMBOでキューサイから独立し、業容を拡大。2008年12月ジャスダック証券取引所上場を果たし、環境NPO出身企業を上場企業にまで成長させる。創業以来、安全でおいしい食品や環境にやさしい商品の提供を通じて、豊かで上質な暮らしを提案するとともに、安全な食品流通の発展と有 機農業や環境保全型農業のさらなる拡大を目指す。


2013年10月16日(水)


中島義雄氏

(なかじま・よしお)1942年京城生まれ(3歳時に東京へ引揚げ)。1966年に東京大学法学部卒業後、当時の大蔵省に入省し、内閣総理大臣秘書官(海部総理および宮沢総理)や主計局次長を歴任する。民間企業との交流が問題視された事で大蔵省を退官し、京セラ株式会社に入社。直後に京セラミタ株式会社の代表取締役専務に就任、ミタ工業の再建に従事する。一定の再建を成し遂げた後、京セラ商貿有限公司の総経理として、中国進出の足がかりを築く。その後、船井電機株式会社(取締役副社長)を経て、セーラー万年筆株式会社の常務取締役に就任。2009年より現職に就く。従来の文具に加え、「音声ペン」「どこでもシート」等、新しい分野のヒット商品を送り出すと共に、原価・経費削減に取り組むなど、精力的に業容の立て直しに邁進中。


2013年9月4日(水)


藤原浩氏

(ふじわら・ひろし)1957年愛媛県生まれ。INSEADエグゼクティブ マネージメン トコース終了。大学卒業後、幼少期から憧れていた電子顕微鏡世界1位の日本電子(株)入社。15年の内10年を米国駐在員で過ごし、カナダ、メキシコ等の現法立ち上げを行う。最先端の企業経営に関心を持ち、ERP最大手のSAPジャパンに入社、多くの日本企業の経営革新に関わる。IT企業のCFOとしてJSOX等コーポレートガバナンスのあり方につき多く公演、代表取締役・COOも務め、11年間で20倍の売り上げ に貢献した。後にフィリップスヘルスケアに移り社長執行役員として、巨大伝統企業の経営革新に関わる。2011年からコダックにてB to CからB to Bへの歴史的な変革に取り組んでいる。映団連理事。


2013年8月2日(金)


西川 八一行氏

(にしかわ・やすゆき)1967年生まれ、東京都出身。早稲田大学法学部卒業後、1990年株式会社住友銀行(現三井住友銀行)入行。同年赤坂支店、1992年ニューヨーク支店、1993年国際総括部企画班勤務。1995年西川産業株式会社入社、2006年代表取締役社長に就任。その他、製造、物流、小売、不動産管理など、複数の業種関連会社代表を兼務。“カワイイ”を切り口にした新感覚のオーダー枕ショップ「PILLOWY caf」や、“スポーツ”を切り口にしたコンディショニング・スリーピングギア「AiR」など、新しいコンセプトの商品やサービスを次々と生み出す、攻めの経営を展開。室町時代から続く、創業447周年を迎える老舗企業でありながら、快適で健康な睡眠の付加価値を啓蒙し、寝装寝具業界のシェアトップを守り続けている。


2013年7月3日(水)


井上直也氏

(いのうえ・なおや)1965年神奈川県生まれ。1987年早稲田大学法学部卒業、伊藤忠商事株式会社に入社。ユニフォームを扱う部署に配属後、香港勤務を経て、2000年社内プロジェクトとしてマガシークの原型となる雑誌連動型ファッション小売事業を立ち上げる。2003年同事業を法人化したマガシーク株式会社を設立し代表取締役社長に就任。2004年「アウトレットピーク」サービス開始。日本オンラインショッピング大賞第8回グランプリ受賞。2006年東証マザーズへの上場を果たす。2007年メンズサイト「mfm(マガシークフォーメン)」サービス開始。2011年「 マガシーク」と「mfm」サービスを統合。2012年中国国内向けサイト「magaseek-China(麦格詩)」サービスも開始し、国内外の総合ファッションECサイトを運営。


2013年6月18日(火)


町野利道氏

(まちの・としみち)1947年富山県生まれ。東京電機大学工学部電子工学科を中退後、池田工機鰍ノ入社。1971年エルコー鞄社。(1992年コーセルに社名変更)その後製造部長、技術部長、取締役、常務取締役、専務取締役営業統括などの数々の要職を経て、2002年同社代表取締役社長、2011年取締役会長に就任。自社のTQC活動、ISO9001認証登録への品質システムの確立、維持プロジェクトの推進者として活躍。短期間でISO9001の認証登録に成功。また、失敗を称える姿勢を制度化し先進的な試みを恐れない社風を築く一方で経営の中核にTQMを置き、 トップダウンの「方針管理」とボトムアップの「QCサークル」をTQMの両輪として強力に推進。主な著書として『ISOムダとりマニュアル』等がある。


2013年5月24日(金)


徳重徹氏

(とくしげ・とおる)1970年山口県生まれ。九州大学工学部卒業後、1994年三井住友海上火災保険株式会社に入社。商品企画に従事。2000年米国留学し、サンダーバード大学国際経営大学院にてMBA取得。その後シリコンバレーにてIT・技術ベンチャー支援、国内製造業の企業再生で実績を残す。元ソニー会長井出氏、グーグル元日本法人社長辻野氏などの支援を受け、2010年にTerra Motors株式会社を設立。2011年に前年比売上約五倍を達成し、設立2年目にして国内トップに躍進。マイクロソフト、グーグルなどが過去に受賞したテクノロジーベンチャーを表彰する「Red Herring」にてRed Herring 2012 Asia Top100に選出される。


2013年4月18日(木)


小林節氏

(こばやし・たかし)1945年福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業後、1969年株式会社日本興業銀行入行。1972年〜1974年に米国留学し、ペンシルヴァニア大学ウォートンスクールにてMBA取得。同行国際業務部参事役を務め、1991年株式会社パレスホテル取締役経理部長に就任。その後1993年常務取締役、1995年専務取締役、1999年専務取締役・ホテル総支配人などを経て、2001年取締役社長に就任。「パレスホテル」は約3年間の立て替え休業を経て、「パレスホテル東京」として2012年5月に伝統のおもてなしと、革新的な最新設備を融合させた新生ホテルとして開業。ブランドコンセプトは「美しい国の、美しい一日がある。Experience the Heart of Japan.」である。


2013年3月11日(月)


松本晃氏

(まつもと・あきら)1947年京都府生まれ。1970年京都大学農学部卒業後、1972年京都大学大学院農学部修士課程修了。1972年伊藤忠商事株式会社入社。1986年〜1992年センチュリーメディカル株式会社(100%伊藤忠商事(株)出資会社)に出向し、取締役営業本部長に就任。1993年〜1998年ジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル株式会社(現ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社)代表取締役プレジデント、エチコン エンドサージェリー・ジャパン事業本部長に就任。1999年〜2007年ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社代表取締役社長に就任。2008 年〜2009年3月同社最高顧問を歴任。2009年6月カルビー株式会社代表取締役会長兼CEOに就任。


2013年2月19日(火)


小宮山栄氏

(こみやま・さかえ)1940年長野県生まれ。信州大学工学部卒業後、大手ベアリングメーカーに就職し、3年半で退職。その後転職を重ねた末、1967年に看板業を創業。1968年には社名をコミー工芸(現コミー)とし、1973年同社を株式会社化する。その後、鏡メーカーに転じ、店舗・病院・工場等で使用される防犯・接客用や衝突防止用の鏡を制作。とりわけ、同社のコンビニで使用される鏡は、国内シェア約8割を誇る。1997年にはボーイング社と契約を果たし、航空機内の手荷物入れに使用される鏡を納入。2011年までに航空会社に納入した鏡は、12万台を突破。 現在、わずか社員18名でありながら世界的鏡メーカーにまで成長させる。「国際箸学会」会長でもある。


2013年1月24日(木)


工藤 恭孝氏

(くどう・やすたか)1950年兵庫県生まれ。立命館大学卒業後、父親が経営する書籍取次会社・キクヤ図書販売に入社。1976年に父の工藤淳(くどう・じゅん)氏の名前を逆さまにして命名した「ジュンク堂書店」の社長として独立し、神戸・三宮に1号店をオープン。専門書を中心に徹底した品揃え、オープンカフェや読書用の椅子、机などを配置するゆったりスペースを確保することで顧客を拡大。500坪を超える1,000坪以上の売場面積の店舗を多く持ち、2,000坪の池袋本店、MARUZEN&ジュンク堂梅田店は国内最大規模。現在、神戸・三宮店に本社事務所を置き、丸善株式会社の店舗運営部門を分社化して新設された丸善書店株式会社の代表取締役社長も兼任。海外(フランス、台湾)にも出店し、ジュンク堂書店、丸善書店をあわせ全国に83店舗を展開中。


2012年12月10日(月)


山田 勝氏

(やまだ・まさる)1945年東京都生まれ。横浜国立大学工学部応用化学科卒業後、三菱商事株式会社入社。化学品部門を中心に歩み、ドイツ勤務等を経て、1992年昭栄化工株式会社に出向、更生管財人に就任。1993年同社管財人兼代表取締役社長に就任。1995年管財人兼三菱商事株式会社高機能化学品部長に就任。1996年三菱商事株式会社退社。1998年昭栄化工株式会社更生会社終結に伴い、代表取締役社長に専任。社名変更により株式会社SHOEI代表取締役社長に就任。2008年同社代表取締役会長に就任。会社更生法申請から、わずか5年半という短期間で更生計画を終了し、同社を高級ヘルメット業界において、世界トップシェアの企業へと導いた。


株式会社SHOEI


※日程及びゲストアドバイザー等は、お断りなく変更する場合がございます。予めご了承ください。


2012年11月30日(金)


小濱 裕正氏

(こはま・ひろまさ)1941年大阪府生まれ。神戸商科大学商経学部卒業後、1965年株式会社主婦の店ダイエー(現株式会社ダイエー)に入社。1997年同社専務取締役に就任。2000年株式会社カスミ顧問に就任。2001年代表取締役副社長、2002年代表取締役社長に就任。「21世紀を活きる」をスローガンに経営の陣頭指揮を執る。2007年には年間来客数延べ1億人を突破。2010年代表取締役会長に就任。"共感創造企業"を目指し、茨城県(86店舗)を中心に、千葉県(20店舗)、埼玉県(21店舗)、栃木県(7店舗)、群馬県(4店舗)と、関東地方に合計138店舗(2011年8月末現在)を展開。2011年には創立50周年を迎えた。


株式会社カスミ


2012年10月26日(金)


坂東 元氏

(ばんどう・げん)1961年北海道生まれ。酪農学園大学獣医学部獣医学科卒業後、獣医として旭山動物園に勤務。1995年施設の老朽化等様々な問題を抱え、閉園論がピークの中、飼育展示係長に就任。2004年副園長を経て、2009年から現職。動物園全体の運営や施設作り、飼育係の教育、飼育展示係長や獣医の役割も担う。ライオンやトラなどが間近に見られる「もうじゅう館」、水中トンネルのある「ぺんぎん館」、「ほっきょくぐま館」や「あざらし館」、高い樹上での生活が再現された「おらんうーたん館」など、動物本来の能力や習性を見せる「行動展示」を考案、同園躍進のきっかけをつくった人物としても知られている。


旭川市旭山動物園


2012年9月26日(水)


山本 徳治郎氏

(やまもと・とくじろう)1950年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1849年(嘉永2年)創業の乾海苔および加工食品を販売する株式会社山本海苔店に入社。1992年取締役社長に就任。1993年には六代目山本徳治郎を襲名。1999年東京海苔問屋協同組合理事長に就任。2003年全国海苔問屋協同組合連合会代表理事会長に就任。「味附海苔」は1869年に二代目山本徳治郎氏が明治天皇が京都へ行幸の際の東京土産として考案された。また、1965年には日本で初めてドライブスルーを設置。暖簾を守りながら革新を進める6代目。2009年には「賢者の選択」にも出演。※徳は旧字


株式会社山本海苔店


2012年8月24日(金)


西島 篤師氏

(にしじま・とくし)1951年愛知県生まれ。専修大学経済学部経済学科卒業後、豊橋工倶西島鐵工所入社。先代の故西島正雄社長に勧められ、ドイツへ留学。全く話せなかったドイツ語を、連日数時間のみの睡眠で習得。同国有数のカールスルーエ工科大に入学。門外漢だった工作機械学、機械設計学をマスターし、帰国。1995年豊橋工倶西島鐵工所代表、1998年西島株式会社代表取締役社長、2002年西島メディカル有限会社代表、2004年西島メディカル株式会社代表取締役社長に就任。「品質で勝負」の工作機械メーカー西島の三代目舵取りとして、1924年の創業以来、「定年なし」を実施。NHKなどメディアでも多数取り上げられている。1999年ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字綬賞。


西島株式会社


2012年7月25日(水)


出口 治明氏

(でぐち・はるあき)1948年三重県生まれ。京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2005年より東京大学総長室アドバイザー(非常勤。2007年まで)を務め、2006年にネットライフ企画株式会社設立、代表取締役就任。2007年より早稲田大学大学院講師(非常勤。2008年まで)。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社に社名を変更、同社代表取締役社長に就任。2010年より慶應義塾大学講師(非常勤。2011年まで)。主な著書に『直球勝負の会社』、『生命保険入門 新版』、『「思考軸」をつくれ』、『常識破りの思考法』、『百年たっても後悔しない仕事のやり方』等がある。


ライフネット生命保険株式会社


2012年6月22日(金)


江尻 義久氏

(えじり・よしひさ)1946年福島県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、エジリ帽子店入社。1978年有限会社エジリ(現株式会社ハニーズ)専務取締役に就任。1985年株式会社ハニークラブ設立。同社代表取締役社長に就任。1986年株式会社エジリから株式会社ハニーズへ社名変更。代表取締役社長に就任。2006年には中国に進出し、好麗姿(上海)服飾商貿有限公司を設立。同社董事長に就任。ヤングカジュアル婦人服のSPA(自社企画製造直売)として、全国に851店舗(2011年5月末)、中国には350店舗を展開。高感度・高品質でリーズナブルプライス、企画から店頭に並ぶまで40日というスピード生産で低価格・高収益・高成長を実現。


株式会社ハニーズ


2012年5月18日(金)


西山 俊太郎氏

(にしやま・しゅんたろう)1945年生まれ。東京都出身。法政大学経営学部卒業後、株式会社梁瀬(現ヤナセ)に入社。自動車のセールスマンをスタートに営業畑を歴任。2001年取締役、その後2004年専務、2005年副社長、2007年代表取締役社長、2011年取締役相談役に就任。創業以来87年続いた輸入業から小売業への転換を進める。「世界ナンバー1のプロフェッショナルなカーディーラー」をめざし、新車の販売だけでなく点検、整備などアフターサービスを強化。基本に立ち返り、実質本位の経営を進める。途中リーマンショックや東日本大震災に直面するが「自分の城は自分で守り抜く」気概で逆境に立ち向かい4期連続で黒字を達成。その間構造改革を推し進め有利子負債を圧縮。小売業の事業基盤を着実に築く。


株式会社ヤナセ


2012年4月25日(水)


高島 宏平氏

(たかしま・こうへい)1973年神奈川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻卒業後、マッキンゼーに入社。Eコマースグループのコアメンバーとして活動。2000年「一般のご家庭での豊かな食生活の実現」を企業理念とするオイシックス株式会社を設立し代表取締役社長に就任。有機野菜等のネット通販・宅配を行う。2007年世界経済フォーラムより「ヤング・グローバル・リーダー」に選出。同年NPO法人「TABLE FOR TWO International」理事に就任。3月の大震災をうけ、東日本の食の復興を目指す生産者と支援企業のマッチング事業を展開する一般社団法人「東の食の会」や、震災孤児/遺児をはじめとした被災児童に対してリーダーシップ教育を行う一般財団法人「教育支援グローバル基金」の発起人・代表理事を務める。


オイシックス株式会社


2012年3月16日(金)


佐藤 順一氏

(さとう・じゅんいち)1959年東京都生まれ。筑波大学経済学部卒業後、カクヤス本店(現株式会社カクヤス)入社。専務を経て1993年代表取締役に就任。2000年に店名を「大安」から「カクヤス」に変更。2002年商号を株式会社カクヤスに、事業名を「なんでも酒やカクヤス」に変更した。お酒のディスカウント業態からの大転換を決意し、現在のビジネスモデルを構築。家業である2店舗の酒屋を年商794億円(2011年3月期)の企業へ成長させた。宅配の長所を守りながら、独創的な出店やサービス戦略を加味し、直営店舗182店、センター等で30ヶ所の店舗・デポ網を活用した「お届けモデル」を開発。戸口を押さえた小売流通業を実現している。2010年3月には、「カンブリア宮殿」に出演。


株式会社カクヤス


2012年2月24日(金)


魚谷 雅彦氏

(うおたに・まさひこ)1954年奈良県生まれ。同志社大学文学部卒業後、ライオン入社。1983年コロンビア大学でMBAを取得。その後ヨーロッパの食品メーカーに転じるが後に買収され、クラフト・ジャパンに転籍。1994年日本コカ・コーラに入社、取締役上級副社長に就任。日本発のマーケティング発想で「爽健美茶」「紅茶花伝」などヒット商品を多数手がける。2001年日本人としては26年ぶりとなる代表取締役社長に就任。2006年より会長就任。2011年12月会長職を退任。2007年に企業経営者や次世代の人材へのマーケティング啓蒙・啓発を推進するため株式会社ブランドヴィジョンを設立、同社代表を兼任。著書に『会社は変われる!〜ドコモ1000日の挑戦』『こころを動かすマーケティング〜コカ・コーラのブランド価値はこうしてつくられる』等がある。


株式会社ブランドヴィジョン


2012年1月20日(金)


石黒 不二代氏

(いしぐろ・ふじよ)1958年愛知県生まれ。名古屋大学経済学部卒業後、ブラザー工業・外資系企業を経て、スタンフォード大学にてMBA取得。その後、シリコンバレーにてハイテク系コンサルティング会社を設立、日米間の技術移転等に従事。2000年よりネットイヤーグループ代表取締役として、大企業を中心に、事業の本質的な課題を解決するためPCやモバイルのウェブを中核に据えた総合的なマーケティングを支援し、独自のブランドを確立。2002年名古屋大学工学部客員教授。現在、経済産業省 IT経営戦略会議委員、経済産業省 産業構造審議会情報分科会委員に就任。著書に『言われた仕事はやるな!』がある。


ネットイヤーグループ株式会社


2011年12月15日(木)


樋口 武男氏

(ひぐち・たけお)1938年兵庫県生まれ。関西学院大学法学部卒業後、鉄鋼商社を経て、大和ハウス工業株式会社入社。1993年累積86億円の赤字経営に陥っていたグループ会社大和団地社長として再建に当たり、積極経営によって2年で黒字化、7年で復配に導いた。その経営手腕を評価され、2001年大和ハウスと大和団地の合併により大和ハウス工業社長に就任。スピード経営をモットーに大企業病に陥っていた同社の改革に取組んだ。2003年度には、2100億円の特別損失を一括処理、創業以来の赤字決算から翌年V字回復を果たした。2004年には代表取締役会長兼CEOに就任。2005年大阪商工会議所副会頭に就任、2006年大阪シンフォニカー協会理事長に就任、2009年社団法人住宅生産団体連合会会長に就任。著書に『熱湯経営「大組織病」に勝つ』、『先の先を読め複眼経営者「石橋信夫」という生き方』がある。


大和ハウス工業株式会社


2011年11月21日(月)


河原 成美氏

(かわはら・しげみ)1952年福岡県生まれ。九州産業大学商学部商学科卒業後、量販店勤務、コック見習等を経て、独立。1979年レストランバーを開店。1985年ラーメン店「博多一風堂」を開店し、その翌年に力の源カンパニーを設立。1997年TVチャンピオン・ラーメン職人選手権で優勝後3冠達成の殿堂入りを果たし、2005年にはTBS系至上最大のラーメン王座決定戦で初代麺王に輝く。ラーメンづくりに情熱を注ぎながらも、2000年JR東海フードサービス運営「名古屋駅麺通り」のプロデュースに関わり、現在も数々のプロデュースを行っている。現在は、「博多一風堂」43店舗(国内)、「五行」5店舗、「行集談四朗商店」、「ちゃんぽん太郎」、ベーカリー事業を経営。2008年には「IPPUDO NY」をオープン。2009年にはシンガポール店をオープン、2010年にはシンガポール2号店をオープンした。


2011年10月19日(水)


田島 寿一氏

(たじま・としかず)1953年東京都生まれ。青山学院大学文学部卒業後、1977年ジャーディンマセソン&カンパニー(ジャパン)リミテッド入社。その後、株式会社グッチジャパン営業本部長、クリスチャンディオール株式会社取締役営業本部長等などの要職を経て、1998年クリスチャンディオール株式会社代表取締役社長に就任。2004年 LVJ株式会社フェンディジャパンカンパニーのプレジデント&CEOに就任。2009年真珠の養殖、加工、販売及び貴石・半貴石の輸入、加工、販売事業を行う真珠業界のトップでありダイヤモンドにおいては国内唯一のサイトホルダーである田崎真珠株式会社代表執行役社長に就任。高級ファッションブランド業界における豊富な経験と実績を生かし、ブランド再生に取り組んでいる。2010年銀座本店をリニューアルオープン、本町ガーデンシティ店をオープン。


田崎真珠株式会社


2011年9月20日(火)


中嶋 嶺雄氏

(なかじま・みねお)1936年長野県生まれ。文学士(東京外国語大学中国科/1960年)、国際学修士(東京大学/1965年)、社会学博士(東京大学/1980年)。1977年東京外国語大学教授。1995〜2001年東京外国語大学長。1998〜2001年国立大学協会副会長。1998〜2006年アジア太平洋大学交流機構(UMAP)初代国際事務総長、文部科学省中央教育審議会委員(大学院部会長・外国語専門部会主査)、2000〜2006年財団法人大学セミナー・ハウス理事長、2006〜2008年内閣教育再生会議有識者委員。オーストラリア国立大学、パリ政治学院、カリフォルニア大学サンディエゴ校大学院の客員教授を歴任。著書は『現代中国論』『中ソ対立と現代』『北京烈烈』(サントリー学芸賞受賞)『国際関係論』『中国・台湾・香港』『21世紀の大学』『「全球(グローバル)」教育論』など多数。中国・台湾などについての評論活動で2003年度「正論大賞」受賞。


公立大学法人 国際教養大学


2011年8月23日(火)


小嶋 光信氏

(こじま・みつのぶ)1945年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業、慶應義塾大学ビジネススクール(現:同大学大学院経営管理研究科)修了後、三井銀行に入行。義父から両備運輸の再建を依頼され、1973年両備運輸株式会社(現:両備ホールティングス株式会社)入社、常務取締役に就任。1999年には両備バス株式会社(現:両備ホールディングス株式会社)社長に就任。2005年南海電気鉄道が運営を断念した貴志川線の経営を引き継ぐため和歌山電鐵株式会社を設立、社長に就任。各社員が一人三役をこなす徹底した合理化に加え、ユニークな改装電車や、貴志駅の猫の駅長たまなどのアイデアで再建を進める。1999年から両備グループ代表。現在、両備グループ50社(45社の社長)の代表取締役を務めている。2010年にはテレビ東京『日経スペシャル カンブリア宮殿』に出演。


両備ホールディングス株式会社


2011年7月27日(水)


藤田東久夫氏

(ふじた・とくお)1951年東京都生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、株式会社日本航空入社。1985年株式会社サトー入社、社長室長などを経て、1990年代表取締役社長に就任。先代から受け継いだ創業精神を守り伝えながらも、絶え間ない環境変化に適応するため「変化し続ける経営道」を邁進し、店頭公開を実現。1997年東証第一部上場。2003年代表取締役執行役員会長兼最高経営責任者に就任。2006年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程修了。自らの経営体験をまとめ、博士(学術)Ph.D.を取得。2007年秋藍綬褒章。取締役経営顧問に就任し、現在に至る。社団法人日本自動認識システム協会会長。著書に『たった三行で会社は変わる』がある。


株式会社サトー


2011年6月29日(水)


山本梁介氏

(やまもと・りょうすけ)1942年奈良県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、3年間、繊維・化学品の専門商社である蝶理に勤めた後、不動産事業に従事。シングルマンションの管理・運営などを手がける。1989年12月、スーパーホテルを設立し、会長に就任。コストパフォーマンスと顧客満足が評価され、今や全国94店舗を展開し、稼動率約90%、リピーター率約70%という驚異的な実績を上げている。1995年5月、シングルマンションを運営・管理するシティー・エステートを設立し、会長に就任(現任)。シングルマンションの部屋数は約5000室。最近は、シルバーホームも手がけている。さらに1996年9月、社会福祉法人聖綾福祉会を設立し、理事長に就任(現任)。


株式会社スーパーホテル


2011年5月24日(火)


宗次徳二氏

(むねつぐ・とくじ)1948年石川県生まれ。不動産業を経て、1974年名古屋市郊外にて喫茶店を開業。1978年カレーハウスCoCo壱番屋を創業、社長に就任。その後会長を経て、2002年創業者特別顧問に就任。2003年NPO法人イエロー・エンジェルを設立、理事長に就任。2007年クラシック専用「宗次ホール」を名古屋にオープンし、代表に就任。1994年アントレプレナー大賞部門・中部ニュービジネス協議会会長賞、2004年第6回企業家賞を受賞。著書に『夢をもつな! 目標を持て!』、『CoCo壱番屋 答えはすべてお客様の声にあり』、『日本一の変人経営者』、『成功するカレーハウス驚異の社長製造法』等がある。


株式会社壱番屋


2011年4月6日(水)


中田智洋氏

(なかだ・ともひろ)1950年岐阜県生まれ。駒澤大学経済学部卒業後、家業(ラムネ製造)の中田商店に入社。無添加・無漂白もやしを開発し、1980年ナカダ産業株式会社設立。代表取締役専務に就任。1990年社名を株式会社サラダコスモに変更。代表取締役社長に就任。1995年ニュービジネス協議会アントレプレナー大賞、1997年中小企業研究センター賞を受賞。2000年純粋な民間企業ながら、極めて公共性の高い非営利活動組織(NPO)の精神でアルゼンチンを生産活動拠点として、安全食品の開発、食糧の増産及び調達を使命とする企業として株式会社ギアリンクスを設立。社長に就任。2010年には、国連ジュネーブ本部農業食糧会議にてサラダコスモ・ギアリンクスの活動を紹介。8月にはサラダコスモ創立30周年、ギアリンクス創立10周年を迎えた。


株式会社サラダコスモ


2011年3月22日(火)


秋元 久雄氏

(あきもと・ひさお)1948年静岡県生まれ。静岡県立韮山高校卒業後、自衛隊体育学校入校。大手ハウスメーカーのトップ営業マン、地元ゼネコン勤務などを経て、1989年に株式会社平成建設を創業。業界に蔓延する丸投げ下請け構造が有能な職人を作業員(単能工)にかえてしまい、かれらのやりがいを損ねていること、そして何よりも顧客との関係を決定的に損ねていることを痛感し、単能工から多能工への転換、そして内製化を推進。創業以来増収を続けている。新卒で大工や職人を募集する唯一の会社として就職人気ランキングでは大手に伍す。2008年にはテレビ東京系「カンブリア宮殿」、2009年にはBS朝日系「賢者の選択」に出演。著書に『高学歴大工集団』がある。


株式会社平成建設


2011年2月2日(水)


鰐渕美恵子氏

(わにぶち・みえこ)1948年大阪府生まれ。甲南大学文学部英文科卒業後、大阪万国博覧会国連館VIPコンパニオンとなる。1973年政財界人など日本のトップ層を顧客に持つハンドメイドオーダー紳士服の老舗である銀座テーラーグループの後継者、鰐渕正夫氏と結婚。1995年株式会社銀座テーラー総支配人に就任。バブル崩壊後、経営危機に陥った同社を救うべく、病気だった正夫氏を説得し、2000年三代目代表取締役社長に就任。テーラー技術の伝承を目的とした日本テーラー技術学院を開校。2006年社名を株式会社銀座テーラーグループに変更。新業態として男性専用の美容サロンを自社ビル内にオープン。2007年にはテーラー業界の発展の為に『テーラーギルド』を発足。著書に『勝ち残りましょ、銀座で』がある。


株式会社銀座テーラーグループ


2011年1月28日(金)


山田昭男氏

(やまだ・あきお)1931年中国・上海生まれ。1948年旧制大垣中(現・大垣北高)を卒業後、父が経営する電線メーカーに就職。その後演劇に熱中し退社。1965年演劇仲間だった故清水昭八氏(前会長)らとともに未来工業を設立。社長に就任。1989年黄綬褒章受章。1991年名古屋証券取引所2部上場。2000年に相談役就任。2001年勲五等双光旭日章受章。年間休日140日・残業一切禁止・ホウレンソウ禁止など、常識外れな経営術で、経常利益15%という驚異的な利益を上げてきた、電気工事資材のスーパー製造業。中小企業経営の神様と称され、ビジネス誌・新聞・テレビなどでも多数とりあげられている。


未来工業株式会社


 

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