中村一八の知心コラム


こだわりの靴磨き

道具をみれば、仕事ぶりがわかる

こだわりの靴磨き

包丁は、料理人のこころです。かんなは、大工の命です。道具とは、プロの魂です。仕事道具に並外れたこだわりを持っているのが、プロの共通点といえます。道具とは、手入れをしてはじめて、その道具のもつ本来の性能が引き出せるのです。

楽器はこまめに調整していないと、美しい音色を奏でることはできません。包丁も刃物も、毎日砥(と)がないと、鋭い切れ味を保つこともできません。

音楽家であれ、料理人であれ、宮大工であれ、プロはみな一様に、道具をとても大切に扱います。道具を大事にしないプロなど、私は聞いたことがありません。 自分が毎日使う道具の手入れがおろそかになっていたり、道具をぞんざいに扱う人に、腕の立つ職人はいないといっていいでしょう。

ピカピカに研ぎ澄まされた包丁を見れば、その人の仕事ぶりが容易に想像できるというものです。仕事に対する取り組み姿勢が、仕事道具の手入れ具合に如実にあらわれるからです。

手入れこそ重要

私たちビジネスパーソンの道具の中で、もっとも汚れやすく、もっとも傷みやすいのが靴という道具です。そのため、靴の手入れは、きわめて重要です。日々の手入れによって、靴の寿命が決まるといっても過言ではありません。

手入れの基本は、靴磨きです。私は自分の靴は、必ず自分で磨くようにしています。おもしろいことに、靴磨きにはいろいろな諸説があって、10人の靴磨きのプロがいれば、10通りの流儀(磨き方)があります。

そのため、研究すればするほど「何が正しいのか」とわからなくなることがあります。書物やネットの情報をうのみにするのではなく、まずは実践し、その効用を自分の目で確かめることが大切です。

基本はブラッシング

靴磨きの手順は、汚れ落とし、脂分の補給、艶だしの3つの工程に分かれます。それぞれの工程ごとに、私は3種類のブラシを使い分けています。アッパーのホコリ落としには馬毛を、ソール(革底)の汚れ落としには豚毛を、艶だしには山羊(やぎ)毛を用います。

手入れの基本が、「ブラッシングにはじまり、ブラッシングにおわる」だからです。ブラッシングで落ちない泥や汚れは、水で濡らして固く絞ったやわらかい布で拭き取ります。

古いクリームを落とす場合、ステインリムーバーという汚れ落とし専用のクリーナーを推奨する人は多いのですが、よほどのことがない限り私はそれを用いません。

かつては私もリムーバーのヘビーユーザーでしたが、染色された色まで落としてしまった苦い経験があるため、現在は「油は油で落とす」の言葉どおり、無色の油性クリームで落としています。

革と水の相性は悪くない

それでも、汚れがとれない場合は、サドルソープという特別な石けんを用います。サドルソープとは、もともと"サドル"つまり馬の鞍(くら)を洗うために開発されたものです。バケツに水を張って、そのサドルソープで革靴をじゃぶじゃぶ水洗いするのです。

洗い方としては、水とスポンジを使って、ふんわりときめ細かな泡をたっぷりつくります。そのクリーミーな泡で靴全体を包み込むようにして、やさしく洗います。

「え!?革靴を水に!」と驚かれることも多いのですが、これは靴好きのイタリア人の"裏メニューの定番"でもあります。靴は「なめし」の製造工程において、大量の水をふくませるため、実は革と水の相性は悪くないのです。水に濡れることよりも、その後のアフターケアを正しく行わないから、ひび割れやシミの原因となるのです。


洗い終わった後は、しっかりと水分を拭き取り、時間をかけて陰干しします。完全に乾いたら、潤いを与えるための脂分を十分に補給すれば完了です。水洗いは、革本来の持つしなやかさを取り戻すだけでなく、抗菌や脱臭など、衛生面においてもすぐれた効果を発揮します。

脂分補給が決め手

汚れ落としの後は、脂分の補給です。革の大敵は、乾燥です。乾燥を放置すると、革のひび割れの原因になります。革は脂分が失われると、たちまち劣化がはじまるからです。いい状態で革を維持するには、定期的な脂分の補給が不可欠となります。脂分補給には、油性クリームが必須です。

私は市販のクリームだけでなく、自分で独自に調合したクリームを使い分けています。革の色や革質、革の状態、季節等によって、使用するクリームを変えていくのです。

黒の靴には黒のクリーム、黒以外なら靴の色よりやや薄めの色を選びます。ダークブラウンの靴ならミディアムブラウンのクリームを、ミディアムブラウンの靴なら、ライトブラウンのクリームといった具合です。上級者ともなると、同色の濃淡を使い分けたり、重ね塗りすることで、部分的に深いムラ感(アンティーク仕上げ)を演出することもできます。

見逃されがちなコバ(底材と甲革を糸で縫い合わせている部分のこと)やヒールの側面の手入れも大切です。とくに色あせしたコバは、意外と目立ちやすく、靴全体をみすぼらしくさせます。小さなペネトレイトブラシなどを使ってコバにもクリームで補色することで、見違えるような美しさを取り戻すことができるのです。

また、おろし立ての新しい靴は、すぐに履かずに、ジェル状のデリケートクリームをたっぷり塗って、数日間寝かせます。これは下地処理として、革の内部に潤いを与えるためです。たとえ新品であっても、長期間、店頭で陳列されていたり、バックヤードで保管されていると、意外と革がかさかさに乾燥していることが少なくないからです。

鏡のような光沢感

第三は、艶だしの工程です。まずは、木製のシュートリーを入れます。革のシワを伸ばし、クリームを塗りやすくするための下準備です。次に、コットン100%の布を右手の人差し指にからめてきつく巻きつけます。

その布に、つくかつかないか程度のごく少量のクリームを手に取ります。それを、一滴二滴ごく少量の水とともに、弧を描きながら薄く伸ばしていきます。力を入れず、やさしく、頬をなでるような感覚です。

革の表面には、目に見えないほどの無数の小さな穴が存在します。その穴を粒子の粗いクリームで埋めて下地をつくってから、粒子の細かいクリームで磨くとより効果的に鏡面仕上げができます。

クリームを厚く塗りすぎないことがポイントです。表面に極薄の保護膜をつくるかのように、何層にも、薄く、薄く、重ねていきます。こうした作業をなんどか繰り返していくと、やがて布の滑り方に変化が訪れます。

表面がつるつるしたさわり心地になり、抵抗感が消えていくのです。この瞬間から、新品では到底出せないような独特の風合いや艶美さが生まれます。

慣れないうちは、水をつけすぎる傾向にあります。人がお風呂に長時間つかった場合の皮膚と同じように、部分的に革がふやけてしまい、脂分の浸透性が低下するだけでなく、部分的にムラができたり、シミになったりするので要注意です。革に余分な水分が染み込まない裏技として、水の替わりに揮発性の高いブランデーを用いることもあります。

やると決めたら、1日も欠かさない

こだわりの靴磨き

最後の仕上げは、カメラレンズ用のクリーニングクロスや天然の鹿皮(しかがわ)を油でなめしたセーム革などを用いて、水だけで磨き込んでいきます。アッパーに水滴を2、3滴垂らしながら、 山羊毛のブラシでブラッシングしていくと、しっとり濡れたような質感や光沢感が増していきます。

さらに続けると、一見エナメルと見間違うくらい、目映いほどの鋭い輝きを放つようになります。この段階になれば、薄い膜でしっかりコーティングされているため、手や布で触っても色がつくことはありません。

上質な革靴はメンテナンスさえ怠らなければ、一生モノになってくれます。靴磨きとは、地味な作業です。しかし、メンテナンスのような地味な作業であっても、やると決めたら、毎日欠かさずやりきることが一番尊いことだと私は考えています。

一回履くと、クローゼットに収納する前に靴を磨くことを習慣づけています。きちんと手入れをされた靴を履いていると、相手によい印象を与えるだけでなく、自分の気持ちも不思議と引き締まります。メンテナンスとは、相手に対する心配りであり、こころです。モノがあふれている時代だからこそ、愛着のあるモノを大切に長く愛用したいものです。

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